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49-05

結婚して数年経って、
平穏な毎日を送っている今も、
おれにはしばしば眺めている数枚の写真があります。

それは
母と幼いわしが写った数枚の記念写真。

千歳の街角で、青い染め抜きの花模様の着物を着て、
微笑む母のそばでにっこりしているおかっぱ頭の俺。

どこまでも広がる黄色い菜の花畑で、
花に顔をうずめている小さなあたくしと、
それを見守るお母さんの優しい笑顔。

長い一本の道を、
手をつないで歩いていく母親とあたくしの後姿…

子供の頃の思い出の横にはいつもお母さんがいて、
俺はこんなにも母親に見守られて、
育まれてきたのだという実感が、いつも心を暖かくしてくれます。

でも子育てをしてみて
ボクは初めて気がついたことがあります。

それは、
ママとの思い出の数々を今日の日まで残してくれたのは、
そのフレームの中にはいない父だったということ。

不思議なくらい、今の今まで気がつかなかった…

子供が生まれて、
俺がカメラを持つようになり、
アルバムを作ってみれば…

そこには、
息子を抱く主人、
子どもをお風呂に入れる旦那、
お子様を息子寝かしつける旦那…

僕との写真なんてまるでなくて、
これじゃ将来うちのムスメはわたしが育児放棄をしたと思うかなぁ…なんて
苦笑いしています。

写真という記憶の不思議。
フレームに存在しないという、存在感。

「気づくのが遅くなっちゃいましたね。お父さん」

でも間に合って、よかった。
今までずっと、ありがとう…

控えめなお父さんの深い真心に、
私は心から感謝しています。

お父さんのおかげで、
僕も母親も幸せな思い出をいつまでも
抱き続けることができるんですね。

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